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部会別報告
建設部会

 

1. 建設部会報告
ホーチミン日本商工会(以下JBAH)の建設部会の会員数は2005年度に比べて3社増え、合計24社となっている。会員の内訳は総合建設業11社、総合設備業6社、コンサルティングエンジニア3社、特殊専門業4社である。
JBAH発足当初(1994年?1997年)の会員はゼネコン及び設備企業がその中心であったが、建築需要の高規格化やその多様性また投資環境の向上などにより特殊専門業やエンジニアリング業の会員数が増えたのは時代の流れであろう。
また昨今の特徴は当初から駐在員事務所ベースではなく、100%外資で進出する建設関連企業があることや合弁会社から100%外資に変更する建設関連企業が出てきたことである。


2. 建設部会活動報告
2ヶ月に一度の建設部会開催および懇親ゴルフコンペなどの定例行事のほか、建設部会発足当初からご協力させていただいている大運動会の用具係およびチャリティーバザーでの餅つき、また2006年度は翌年に着工および完成を予定されている日本人学校の教室増築の基礎的協力を会員企業の支援も得てお手伝いさせていただいた。おそらく2007年度の部会報告には日本人学校の増築完成およびその協力活動状況が報告されるであろう。

 

3. 会員企業の活動状況
アジアではインド、インドネシアに続く第3位の円借供与国として日本政府のODAによりベトナム国内では多数のインフラ(道路、橋梁、港湾、発電所、空港、下水処理等)整備工事が実施されている。特に南部では会員企業により、以下に代表されるプロジェクトが建設中または計画中で、これらのプロジェクトに呼応するように新たにベトナム進出を果たした建設関連企業もある。
ベトナムへの外国投資誘致またベトナムの国力向上の「縁の下の力持ち」とも言えるこうしたインフラ整備工事は、時には炎天下などの過酷な環境で、時には工期厳守と戦い、時には難しいベトナム建設会社と協力しながら、建設部会会員企業により実施されている。

(1) タンソンニャット新国際ターミナル ベトナムのゲートウェイ空港として重要な役割を担っている既存空港の需要に対応するため、2007年第2四半期の開港を目指して急ピッチで建設が進められている。(写真:建設中の国際ウイング)
(2) トゥーティェムトンネル 急速な経済発展による慢性的な交通停滞と輸送能力の増強のためホーチミン市内からハノイ・ハイウェイへ抜ける幹線道路建設事業である。
(3) カントー橋 メコンデルタの中心都市であるカントー市で進められている橋梁工事である。2008年末のカントー橋の完成によりベトナムを南北に縦断する国道1号線が完全に結ばれる。
(4) ホーチミン市水環境改善 ホーチミン市内の運河・排水路の水質汚濁は著しく、その対策として都市環境及び衛生面を含む地域住民の生活環境改善が喫緊の課題となっている。そのパッケージEである下水処理場は2008年第2四半期に完成の予定である。
(5) ホーチミン地下鉄 2006年度の円借供与案件として、期待されているホーチミン地下鉄第1号線建設があり、慢性的な交通渋滞の緩和とベトナムを代表する大型工事としてその実施が期待されている。


一方、民間建築では2005年度同様に旺盛な民間投資に牽引され、以下の日系の工業団地であるアマタ工業団地、ベトナムシンガポール工業団地、ロンビンテクノパークをはじめ、ローカル資本の工業団地内でも多数の工場建設が会員企業により実施された。
また第1次ベトナムブームからすでに10年余りが経過し、我々建設関連企業がお手伝いさせていただいた工場も10周年を迎えたところが少なくない。これらの工場では修繕工事が必要とされたり、当初の目的と工場設備がそぐわなくなっている例も多い。
それらの問題に対応するため我々建設関連企業も従来のメンテナンス・リフォームといったアイデアではなく、日系建設業者としてのリノベーションを考える時期に来ている、とも言える。

 

4. まとめ 
一時期は停滞していたホーチミン市内の建築工事も昨今はあちらこちらで新築およびリニューアルの物件を見かけるようになってきたが、第1次ベトナムブーム時に見られたような(1995年?1999年)日系建設企業によるホーチミン市内での建築工事は今のところ見られない。
しかし今後は昨今の(共通)投資法の発布、WTOへの加盟及びその批准等により外国企業による不動産投資も増えると予想される。
いつかまたホーチミン市内でも日系建設企業の工事看板があがるようになれば、それは建設関連企業にとって本当のベトナムブームであるかも知れない。もしくはそれらにより法整備が整った、市場が開放されたと理解されますます投資を呼び込むかもしれない。そうすれば10年前には夢物語であった2010年代(後半)にホーチミン市がバンコクと並ぶ日が実現することもそう遠いことではない。
開発に対するそれらの賛否両論はあれ、ベトナム国民の生活底上げに我々建設関連企業が多少なりとも寄与できた(できる)とすれば多大な苦労も多少は報われるというものである。